もの騙る猿

 東北支部のS先生から『シグニファイング・モンキー――もの騙る猿/アフロ・アメリカン文学批評理論』(南雲堂フェニックス)を献本して頂いた。S先生もとい清水菜穂先生がもう一人の方と監訳したヘンリー・ルイス・ゲイツ・ジュニアの代表的な著書の翻訳で、長い間待たれていたものだった。昨年初夏、仙台で開催された東北支部の研究会に顔を出した時に懇親会でも進行中の翻訳が話題になった。
 400頁をこす大部のもので、複数の訳者による翻訳そして表現の調整・統一などの作業も大変だったろうと推察します。原著もけっこう難しいけれど、この「シグニファイング」はアメリカの黒人言語・文化で重要な言葉で、それに関するもっとも基本的なこの本は20年前のものだけれどその重要性は失われていない。
 アフリカに起源をもつ、「ボースト」、「ダズンズ」などとならんで「シグニファイング」は言葉の持つ力を象徴する表現だと言える。「意味する」という英語の原儀からすり抜けるように、「やりこめる」、「茶化す」など自在に意味を変更しながら、白人の言語・文化を相対化し、重層化する。そして「もの騙る猿」は文化的・社会的弱者として、木の上から、騙りの物語をして、地上のライオンをからかう。社会的・物理的に劣位にいるものが、支配文化を利用して、相手を翻弄し、価値体系を混乱に陥れるという構図。このような黒人言語の使用は、『シグニファイング・ラッパー』という本もあるようにヒップホップにもつながる。
 精読はこれからですが、年末の楽しみにとっておこう。