ピンチョンと映画

難解をもって知られるピンチョン文学の中で一番読みやすい『LAヴァイス』(Inherent Vice、2009)。僕は一応専門をポストモダン小説としていますが、あまりにも昔のポール・オースター論以外書いていません。どのくらい昔かというのは恥ずかしくて言えないくらいです。それが数年前にピンチョンの『重力の虹』を論ずる事になってけっこう苦労しました。
さて『LAヴァイス』は探偵小説仕立ての物語ですが、オースターやその前のリチャード・ブローティガンにもジャンルとしての探偵小説を利用したメタ・ミステリー的なポストモダン小説はけっこうあります。ポストモダン的文化は越境・横断というジャンル破りと、高級文化/大衆文化の境も無化が基本方針の一つなので、SF風や探偵小説風の作品はたくさんあります。さすがピンチョンの探偵小説は1970年前後のアメリカ文化がたくさん引用され、登場人物も多くて、やはり一筋縄ではいきません。
原題の”inherent vice”は保険用語で「固有の欠陥」という意味です。例えば、金属疲労などで製品が亀裂した場合、それは「もともとそれが持っている固有の性質(欠陥)によって破損した」ことになるので、保険会社は保険料の支払いをしなくてもいい。本文中に「LAを船に見立てて、その海上保険契約を書くとしたら、地震源のサンアンドレアス断層はその船に『固有の瑕疵』ということなる」とあります。作品に登場する密輸船Golden Fung(黄金の牙)が巨大な波に見舞われるのは、地震が起きるLAの比喩である事は明白。
実はピンチョンが自作の映画化を許可したのはこれが初めての『LAヴァイス』。監督は『ブギーナイツ』や『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のポール・トーマス・アンダーソン44歳、わずか6本の作品でベルリン・ヴェネツィアカンヌ映画祭の監督賞を受賞した逸材と言えます。キャスティングが気になりますが、主役の探偵でポットヘッド(マリファナ常用)のドクことラリー・スポーテッロはアキン・フェニックス。不動産業界の有力者ミッキー・ウルフマンはエリック・ロバーツ。ドクと対立するLAPDのビッグフットことクリスチャン・ビョルンセン警部はジョシュ・ブオーリンと曲者俳優が揃っていて日本公開が楽しみです。
写真は監督(左)と主演俳優(右)