警察小説とボヘミアン

前回ディラン・トマスの詩について書いたのですが、ここ数日読んでいるクリストファー・ニューマンの『警官殺し』(徳間文庫、1995年)にこんな一節があった。
 「西111丁目とハドソン通りの角で、ホワイトホース・タバーンの歩道に張り出したテラスを囲む黒の鉄柵の脇を通った。ここで酒を飲んで、あやうく命を落とすところだったディラン・トマスも、今の店を見てもわからないだろう。今夜の店の客は、昔のようなボヘミアンではなく、仕事を終えた弁護士や銀行家だった。」 
 このホワイトホース・タバーンは1950・60年代のボヘミアン文化の中心の一つで、英語では”literary community”とされていました。ヴィレッジ、正確にはグリニッジ・ヴィレッジ、特にウエスト・ヴィレッジにあるこのバーでディラン・トマスは18杯のウイスキーを飲み、チェルシー・ホテルに担ぎ込まれ、後に病院で39歳の命を閉じました。
 警察小説の方は、夏休みにいつも通りマイケル・コナリーのハリー・ボッシュ刑事小説を再読。この再読は数回できかない。恐らく全作5回以上は読み直しています。そして読み終わったら関連する警察小説をさがして、いまはクリストファー・ニューマンの刑事ジョー・ダンテものを本棚から引っ張り出して読んでいる最中です。これは4作しかなくて、今4作目。いつも最後の作品を読んでいる途中で別の関連シリーズを物色中です。ロスのハリーから、ニューヨークのダンテ、予定はエジンバラリーバス警部です。酒飲みが好きなんですね。それにしてもショットグラスだとしても18杯はすごい。僕なら5杯でいい。8杯飲んだら、翌日は一日二日酔い,
10杯なら救急車でしょうか。
 さて「ボヘミアン」の方は、「帰り来ぬ青春」を紹介したシャルル・アズナブールの「ラ・ボエーム」への連想もあります。「帰り来ぬ青春」とも関連していますが、ボヘミアン追想的な物語。そしてプッチーニの「ラ・ボエーム」を現代のニューヨークに置きかえ、ヴィレッジに生きるボヘミアンを描いたロック・オペラ『レント』。家賃(レント)を分担して払うお金のない、しかし夢と生きるエネルギーに満ちた若者の物語は興味深く、ブロードウエーの下の方、ネダーランダー劇場で見ました。何故か母親と娘で見に来ている人たちが多かった。
 さて今読んでいるダンテ刑事は警察のコミュニティーに埋没するのがいやで、アーティストと交流する事が物語に広がりを与えて面白いです。画像はホワイトホース・タバーン。