伊坂幸太郎とマクベス

『あるキング』(新潮文庫)は、『マクベス』に登場する三人の魔女の冒頭第1幕第1場での有名な台詞”Fair is foul, and foul is fair.”(「きれいはきたない、きたないはきれい」)と王と殺人のテーマが共通しています。それもあるのか柴田元幸さんと都甲幸次さんというアメリカ文学者の解説付き。この作品は雑誌掲載〜単行本〜文庫化でそれぞれ加筆訂正をして、基本的には同じ物語の3つのバージョンをまとめて文庫に収録するというかなり珍しい趣向です。
3つのバージョンは、野球というスポーツをめぐって、才能と運命とそれを本人や家族や周囲の人たちがどう受け止めるかという点において、寓話的物語として読めます。文庫収録の順番は単行本〜雑誌掲載〜文庫化でマクベスへの言及は「少しあり」〜「殆どなし」〜「かなりあり」と変遷していて、改訂する度にマクベス色を濃くして行って、文庫版は魔女の登場も含めて少し無理にマクベスを使っているかなと思えるくらいで、逆にマクベス論の発表に使えそうです。
さて仙醍(≒仙台)を本拠地とするプロ野球チーム「仙醍キングス」を熱愛する両親のもとに生まれた山田王求は、天才的な野球少年から打てばホームラン、打率8割のプロ野球選手となります。その才能を一部の人は愛し、多くの人は不安を憶えて敬遠(これも野球用語)します。マクベスと同様、王になる者の個人の意志と運命の問題、キング=天才の孤独と不安、周囲の嫉妬と憎しみ。そしてその相剋と矛盾は”Fair is foul, and foul is fair.”という野球の用語にも似たマクベスのセリフで象徴されます。それはそのままポストモダンの現代に生きるわれわれの世界にも通じている。