学生に教えられる

 恥ずかしい話だけれど、1年生の英語講読で"officitae"の訳を学生が「ししきする」と言っているのを聞き取れなかった。何回か聞いて「司式」だと分かってそんなのないだろう。「司会をする」だよと言って先へ進んだ。
 授業の後、別な学生がきて「司式」って宗教的な儀式の司会ですよって教えてくれた。すると教科書の注にも「司式する」と出ている。失敗。前もって読んでおかなかった。
 来週学生に謝るつもりだけれど、「司式」はあっても「司式する」は何でも名詞に「する」をくっつける悪癖の例のような気がする。外国語を母国語に移す時に該当する言葉がない場合は、定義だけでなく訳語を作らなければならない時があるだろう。でもそんな時には言葉のセンスが必要になる。
 "herbologosit"は「薬草師」、仕方がないか。でも"medicine man"が「祈祷師」が普通だと思うけれど、注では「呪い師」。学生は「呪い師」も正しいという見解で、文化人類学上の言葉の使い方について説明していたが(1年生なのによく知っているんです)、「呪い」は語源的には「祝詞」と同じでも、悪い意味で使うのが普通だから、「呪術師」ならニュートラルでいいかも知れないが「呪い師」では違う(ような気がする)。断定するとまた訂正しなければならなくなるので慎重になっています。