始めが肝心その2

 イギリスに『交換教授』や『大英博物館が倒れる』というキャンパス・ノベルというかコミック・ノベルというか大学の教授を主人子とした作品を書いていたデヴィッド・ロッジという作家がいる。自分も大学教授で、イギリスの作家には珍しく、最新の批評理論に関する本も表している。珍しくというのは、イギリスのアカデミズムはアメリカや日本のように新しい批評理論に飛び付かないようなのですね。僕もロンドン大学に客員研究員として滞在した時にキングス・カレッジの文学部長と少し話したが、新しい批評理論の事は知っているが関心はないような口ぶりだった。ここが重要で、しっかりとアンテナは張って情報は知っているけれど、そういう最新の事に振り回されるのを下品だと考えて、無視する(またはそういう振りをする)。それっていかにもイギリスらしいなと感心した記憶がある。
 さてそのデヴィッド・ロッジの『小説の技巧』が今回の種本でもある。書き出しから結末まで50の項目で小説の技巧についてひも解いている。書き出しの特殊な例としてジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』の文の途中からはじまる書き出し。「は流れ、イブとアダムは教会を過ぎ、…ハウス城の近郊へと帰りくる」。また「あなたはこれからイタロ・カルヴィーノの『冬の夜ひとりの旅人が』読もうとしている」とはじまるイタロ・カルヴィーノの『冬の夜ひとりの旅人が』の出だしが紹介されている。これは虚構の世界である事を明確にする事で、様々なフィクションの手法を読者が受け入れる準備にもなるのだと思う。