中学時代の先輩

大学の教養時代の友だちがいつ新年会をやるのと電話をしてきました。この人は自分で幹事をしないんで、僕やもう一人の友人に打診をしてきます。
 この友人は北高出身ですが、僕の西高の先輩のお店に入り浸っています。そこで僕の中学校時代の先輩に会ったんですと。その先輩は南高から京都の大学に行ってブルースにとり付かれて、北海学園のそばにある自宅を札幌で最初のブルースのライブハウスにしました。最近も名前を出した「神経質な鶏」の梶原さんです。ちょうどいま北海学園での38年間についてのエッセイというか退職のあいさつ文を書いていますが、そこでも八条中学について少しだけふれています。
 因みに梶原さんのお嬢さんは北海学園大学人文学部英米文化出身です。たしか濱先生のゼミだったような。彼女が在学中に僕の授業(「現代文化論」という、しかし内容はアメリカ文化)を取っていて、授業の後に教壇に来て、ブルース収穫祭のちらしをくれた事があります。いまはBettyというお店をやっていて、時々行きます。
 そう言えば、教務センターの佐々木さんや、紀伊国屋の人(経済学部出身)も「現代文化論」と受講していたと、だいぶ後になってから教えてくれました。
 梶原さんで思い出したのは、40年前に「エルフィンランド」で偶然会った梶原さんとカルピスの焼酎割を飲み過ぎて、帰宅途中の円山公園でつぶれていて、パトカーに自宅まで運ばれ、親父に叱られた事です。
 最近中学時代の友だちのブログで、梶原さんのお店「ミニ・ベグ」が閉店になった聞いて、体調でも悪いのか気になっていましたが、「焼き鳥じゃんぼ」に顔をだしているのなら大丈夫だと一安心です。