「裁くのは俺だ」の自警主義と反共

 「マット・スカダーと自警主義」を書いている最中に、もっと過激な自警主義のミッキー・スピレーンの『裁くのは俺だ』(1947)の事も思い出していましたが、議論が難しくなるのでふれませんでした。実はこれは戦後間もなくアプレ・ゲール的な特殊なハードボイルド探偵でした。でも確かに直接的な性と暴力の描写はその時代の雰囲気をとらえて人気を博したようです。
 でもハメット〜チャンドラー〜マクドナルドの流れをくむ正統的なハードボイルド探偵は「汚れた街を行く騎士」なので、ある意味決してハードボイルド=非情の一辺倒ではなくセンチメンタルな騎士の部分もあります。人間的な部分も正義感もあるけれど、世界や社会の暗部に踏み込んで行かざるを得ない職業なので。そんな探偵の精神を述べたのはレイモンド・チャンドラーの最後の作品『プレイバック』(Playback、1958年)でなんですね。
"If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive."は、「男はタフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」という訳が映画のコピーで有名になりました。「タフ」という訳が良かったような気がします。
実はこの表現の出典は明らかではありません。僕の知る限りでは、「殺人の簡単な技術」(1950)の中の「卑しい街では、人は卑しくあってはならない。…探偵は完璧でかつ普通でなければならない。・・・言い古された表現だけれど信義を重んじる人間であるべきだ。」から、「汚れた街を行く騎士」が生まれたのではないでしょうか。
問題はハードボイルド小説の探偵が活躍したのは1940〜50年代の戦中戦後ですから"hard"にならざるをえなかった背景もあります。特にマイク・ハマー探偵の時代は、冷戦初期で反共が前面に押し出され、背後に核への恐怖も見え隠れします。ですから戦争は終わったけれど、また戦争があるかも知れないと言う点では第1次大戦後のロスト・ジェネレーションとも一味違う。
そしてもう少し時代が落ち着くと、" gentle "が求められる様になっていったのでしょう。「卑しい街」(mean street)を行く探偵の資質として「タフさ」と「優しさ」(=人間らしさ)の両面が求められるようになったのは、戦後も終わり反共のヒステリーも一段落したアメリカ社会の反映(繁栄?)と言う気がします。