時代を反映したリメイク

昨日BSでみた『LIFE!』は、ベン・スティラーが2013年に監督・主演した作品ですが、これは有名なダニー・ケイ主演の『虹を掴む男』(The Secret Life of Walter Mitty、1947)のリメイクで、原作はユーモア作家ジェームズ・サーバー。 原作は僕の持っている『異色作家短編集(8)虹をつかむ男』(早川書房、1994年)で8頁ほどの短編です。先ほどAmazonで入手したKindle版では11頁。Kindle版は92%引きで97円。
原作では、主人公のウォルター・ミティは、奥さんを美容院に送る時や買い物をする時に、勇敢な船長・敏腕外科医・射撃の名手・命知らずのパイロットになっている自分を空想しつつ、現実はお巡りさんに怒られ、駐車場の係員に馬鹿にされる、恐妻家の中年男性です。文学的に深読みすれば、孤独と不安が原因の妄想症状のような現代人の病理をブラック・ユーモアで描いたという事になるのでしょうか。
ダニー・ケイ版の映画は、小心な出版社の校正係ウォルター・ミティが、原作にも出てくる「ポケタ、ポケタ」という音を聞くと白昼夢に入っていく。原作と同様に勇敢な船長や天才的な外科医といったヒーローになっていくそのきっかけが「ポケタ、ポケタ」という少し間の抜けた音で、太宰治の「トカトントン」を思い出させます。そしてある美女と出会い、宝石強奪事件に巻き込まれるが、事件を解決して彼女とも結ばれるハッピーエンド。原作の苦い現実逃避はなく、ダニー・ケイの明るいユーモアが基調のファンタジー映画となっています。
 そしてほんわかしたダニー・ケイとは異なり、少しニューロティックな容貌のベン・スティラー監督・主演の方はどうか。こちらの方はあの有名な写真雑誌Lifeの編集部が舞台となっていて、アメリカ文化に関心がある者にとってはそこも興味深い。主人公のウォルター・ミティはLifeの編集部のネガフィルム管理部門で働く平凡な人物です。同僚のシェリルに思いを打ち明ける事もできず、空想の世界に逃避する。ところがある日出社したウォルターは、ライフ社事業再編とLife誌の廃刊を知らされる。この辺り現実の同誌の事情をなぞっていて面白いです。現実には1936年写真をメインとするグラフ雑誌の週刊誌として始まり、年2回〜月刊誌を経て最後は無料週刊誌として2007年休刊に至ります。さて映画では同誌を代表するフォト・ジャーナリストが廃刊を知っていて最後のフィルム(アナログです)を社に届けていた。しかしそのフィルムが見つからないので、リストラの対象となったウォルターは勇躍グリーンランドに向かうが、その時点からウォルターが空想ではなく現実に立ち向かう物語になります。空想に浸っていたお宅的な青年が、現実に目覚めて自分を獲得していく物語。安易かも知れませんが、実際のアメリカ文化の変貌、メディアの変遷を描いている点が、リアルで一味違うかも。