ボサノバとジャズ

ボサノバをサンバとジャズからできた音楽という誤解がけっこう普及しているんですね。Wikiはそれなりに正確だけれど、例えば「Yahoo知恵袋」ではいろんな質問にいろんな人が勝手に答える。正しい回答もあるけれど、よくもこんな適当な知識で回答するものだと思えるのも少なくない。ネット上は有効な情報も多いけれど、不確かな情報も数多く出回っているとあらためて思いました。
さてジャズとサンバはアフリカの黒人がその発生に重要な役割を果たしていて、ヨーロッパの楽器や音楽も利用しているので、共通のルーツを持っていると言っていいでしょう。ボサノバにとってサンバ・カンソンがお父さん、サンバはお祖父さん、遠い親戚の大伯父さんがジャズという例えはどうでしょうか。お母さんはどこにいるのかという問題もありそう。
それと発生当初からカリブ海の人と音楽の影響を受けている混血音楽なので、ジャズは南米のボサノバにもすぐ親和する。1963年、ジョビンの盟友のギタリスト・シンガーであるジョアン・ジルベルトアメリカの白人ジャズ・サックス奏者スタン・ゲッツと共演した『ゲッツ/ジルベルト』が制作され、アメリカで大ヒットしました。特にこの中でジョアンの当時の妻アストラッド・ジルベルトが英語詞で歌った「イパネマの娘」は爆発的な売り上げを記録し、アメリカの大衆にボサノバを広め、日本やヨーロッパにも飛び火した。実はゲッツは1961年当時注目されていたボサノバを取り入れたアルバム『ジャズ・サンバ』をギターのチャーリー・バードと録音しています。タイトルにサンバが入っているのが導入期の混乱を示していて面白いけれど。
このジャズ経由で世界に広まった経緯から、ボサノバとジャズの関係についての誤解が発生したのだと思います。それとボサノバ草創期の音楽家がジャズを知らなかったはずはないので、影響はあると思いますが。サンバ〜ボサノバのところで説明しましたが、サンバのアフリカ的なエネルギーは、ボサノバでは都会の中流階級の白人の洗練された音楽に変化していきました。モダン・ジャズも創生期のビーバップという言葉に象徴されるようなアップテンポでホットな躍動感あふれる音楽は、知的で抑制的なクール・ジャズに変貌するという似たような道筋を辿ります。
 このクール・ジャズの代表格のスタン・ゲッツとボサノバのジルベルトが出会ったのは運命的な気もします。ボサノバ的ジャズによってジャズはお洒落な音楽として認知され、いまでもジャズってお洒落という学生が多い。そしてボサノバはジャズ・ミュージシャンと共演する事によって、ブラジル/南米のローカルな音楽から世界に広まっていく。これは双方にとっていい影響なのかそうではないのかはまた別の問題になりそうです。