映画TrafficとAmericas
正月にスティーブン・ソダーバーグのSide Effectを観ました。けっこう面白かったけれど、僕にとってはソダーバーグと言えばTraffic(『トラフィック』、2000年)です。南北アメリカとそれをつなぐ麻薬がどのような、歴史的・文化的・地政学的な意味を持つかを考えさせられました。
ソダーバーグのフィルモグラフィーすべてに関心がある訳ではありませんが、1989年初めての長編映画『セックスと嘘とビデオテープ』でサンダンス映画祭観客賞とカンヌ国際映画祭パルム・ドールを史上最年少(26歳)で受賞したのは、覚えています。その後しばらく低迷しますが、1998年の『アウト・オブ・サイト』でジョージ・クルーニーを主演に迎え成功を収めたようです。原作はエルモア・レナードなので関心がありましたが、原作も映画もあまりいいとは言えないよう。さて2000年には『トラフィック』でアカデミー監督賞を受賞。
trafficは麻薬などの「不正取引」の意味を持ちますが、この『トラフィック』が気に入って、スティーブン・ギャガンの脚本賞を受賞した原作シナリオも取り寄せて読んでみました。面白い理由の一つには、物語が複雑ですがうまく整理されていた事です。麻薬撲滅を政治的にコントロールするワシントンDCと密輸入の現場のカリフォルニア、そして輸出を取り締まるメキシコのティファナの3か所が舞台。撮影監督も兼任するソダーバーグは、アメリカ東部の冷たさを青みがかった映像で、カリフォルニアは暖か味のある画像で、そしてティファナは粒子の荒い記録映画のタッチを使って、3か所の物語の区別を視覚的に容易にする事で、複雑なストーリーの展開とその理解をスムースにしている訳です。
またキャラクターのあり方もフラットではなく、例えばオハイオ州の判事から麻薬撲滅担当の大統領補佐官に選出されたウェイクフィールド(マイケル・ダグラス)にはサポートしてくれる妻がいるけれど、娘は麻薬に溺れていて、捜査に集中するのを邪魔しています。カリフォルニアで麻薬密輸を防ごうとする捜査官は黒人とヒスパニック系で、白人の同僚との軋轢もある。麻薬供給ルートの中継地点メキシコ最北端のティファナの麻薬捜査官は密輸の摘発とアメリカへの憎しみの葛藤に悩む。それぞれの場所で、それぞれの役割と思惑で戦う人物の物語が同時に進行して行くのをうまくさばくソダーバーグの演出の手腕と映像の両方が見応えがあります。
アメリカ=アメリカ合衆国という固定したとらえ方を相対化するAmericasという概念がありますが、この映画も南北アメリカの歴史と文化を麻薬の密輸と撲滅と言う犯罪の物語の中で描いている点が重要だと思います。ラストでメキシコの捜査官ロドリゲス(べネシオ・デル・トロ)がメキシコの少年たちが夜間照明付の球場で楽しそうにプレイをするのを眺めている場面で終わります。この照明はロドリゲスが夜も安全にプレイできるように、たぶん不法に取引して手配したものだったと思います。それはこのようなちょっとした平和を実現するための大変な努力が必要なメキシコの現実と、その原因となっている身勝手なアメリカへの批判を象徴するラスト・シーンでもあります。麻薬を南アメリカがアメリカに密輸するのは、アメリカへの復讐が無意識にあるのではないかと僕はいつも感じていました。