イシャーウッドと作品の受容

ミュージカル・映画『キャバレー』の原作は、イギリスのクリストファー・イシャーウッド(1904年 - 1986年)のGoodbye to Berlin (1939、『さらばベルリン』)の第2章Sally Bowlesです。書誌的には1935年にMr. Norris Changes Trains 、1939年にGoodbye to Berlin 、そして1945年に2編をまとめてThe Berlin Stories が発表されます。Mr. Norris Changes Trainsの語り手がWilliam Bradshaw、Goodbye to Berlinの方の語り手がChristopher Isherwood、そしてイシャーウッドのフル・ネームがChristopher William Bradshaw Isherwood(長い)ですから、両編とも作者の分身が語り手と考えていいでしょう。
イシャーウッドはイングランドに生まれ、サリー州のプレパラトリー・スクールでW・H・オーデンと出会う。その後医学を学ぶためにロンドン大学のキングス・カレッジに入学したが1年で退校。ロンドンのストランドにあるキングス・カレッジについて、僕もここで客員研究員をした事は以前にも書きました。その後ベルリンやコペンハーゲンなどヨーロッパ各地で生活したのち、アメリカへ渡ります。3歳年下のオーデンと同様に、渡米の理由はゲイとして生きるためだったかも知れません。48歳のとき、30歳年下のドン・バチャーディに出会います。2007年には30数年にわたる二人の生活を描いたドキュメンタリー映画Chris & Don. A Love Storyが発表されています。2009年にはA Single Man(1964)がコリン・ファースジュリアン・ムーア主演で映画化され、2011年には自伝のChristopher and His Kind (1976) がテレビ化されていますので、イシャーウッドの作品及び生き方への関心は続いていると言える。
さてSally Bowlesの章がイギリスの劇作家ジョン・ヴァン・ドルーテンによってI Am the Cameraと言う題で戯曲化され、それが1955年に映画化されてミュージカルの原作になります。劇団民藝が『私はカメラだ―ベルリン日記』として上演していますが、作者はドルーテンになっています。手元にあるMr. Norris Changes Trainsの翻訳『ノリス氏の処世術』(文化書房博文社、1984年)の訳者北村弘文さんの解説には1930年代のベルリンが詳しく描かれています。