キャサリン・ビグローとフェティシズム

年末のBSでみた『キャバレー』で、全体の狂言回しの役も務めるキャバレーのMCをジョエル・グレイが演じています。グレイは舞台でも同じ役でトニー賞を、この映画でもアカデミー助演賞を受賞していました。その娘のジェニファー・グレイは初主演した『ダーティ・ダンシング』が1987年に大ヒットします。相手役のパトリック・スエイジはバレーの英才教育を受けたダンサーで、『ゴースト/ニューヨークの幻」(1990)でスターになったのですが、僕としては翌年の『ハートブルー』でキアヌ―・リーブスと共演した天才サーファー役が印象に残りました。そして監督キャサリン・ビグローのフェティッシュな映像も。
キャサリン・ビグローのフェティシズムの対象はちょっと変わっている。『ブルースチール』( Blue Steel 、1989)では銃を、『ハートブルー』では波を、そしてイラク戦争を舞台にしてアカデミー賞6冠を達成した『ハート・ロッカー』(The Hurt Locker 、2008)では爆発する砂さえも、映像的に美しく、フェティッシュにとらえています。
ブルースチール』の冒頭では、青く黒光りする銃身を愛おしむように映し出します。銃に魅せられた女性警官メーガン・ターナージェイミー・リー・カーティス)にとっては、銃は力と正義を象徴しているのですが、無意識のファロス願望もあるかも知れません。『ハートブルー』ではサーファーがいい波を求めて移動するための資金稼ぎに銀行強盗を繰り返します。FBI捜査官ジョニー・ユタ(キアヌ―・リーブス)がサーファー仲間に潜入して、サーフィンの魅力取りつかれてしまう。その舞台となる海と波が、暗く美しく、生き物のように描かれていて、これもとてもフェティッシュです。僕はほぼ金づちですので、なおさら海への恐れと魅力を強く感じてしまい、その波と一体化するようなサーファーにも憧れてしまう。
さてビグロー=フェティシスト説の最後の例証は『ハート・ロッカー』。「ハート・ロッカー」とはカタカナだけならHeart Rockerと勘違いして、「心を揺さぶるモノまたは人」と思ってしまいますが、原題はHurt Lockerで軍隊のスラングの“a bad and painful place”という意味です。イラク戦争の戦場バグダッドでの爆弾処理の緊張を、精神的な興奮や高揚ととらえてしまった兵士が平時の日常に戻れなくなっていく矛盾と悲劇が描かれます。