音の洪水

マイルス・デイヴィスジミ・ヘンドリックスとの共演を考えていたが、亡くなったので代わりにジョン・マクローリンを起用したのがJack Johnsonだったのは有名な話で、僕はマクローリンの楽歴をそれなりに追ってきた事は前にも書きました。そのジミ・ヘンドリックスの曲を録音した一人がジャズのアレンジャーのギル・エヴァンス(1912年‐1988年)でした。
 僕的には中学校の時にジャズが好きだった高校生の兄がマイルスの『マイルス・アヘッド 』( Miles Ahead/(1957年)を持っていて何となく聞いていました。年上の兄弟を持つという事は同年代の知的先達(とまではいかないけど)がいるという事で、音楽や映画についてけっこう影響を受けました。さてこのマイルスとギルのコラボレーションは、1958年の『 ボーギー&ベス』そして1960年の『スケッチ・オブ・スペイン』と続き、とてもレベルの高いアレンジと即興でした。
カナダに生まれたギル・エヴァンスは、1946年にニューヨークに来て、1948年には、マイルス・デイヴィスジェリー・マリガンらと『クールの誕生』を作ります。その後、ギルはロックにも関心を持ち、ジミ・ヘンドリックスに共演を申し込むがジミが亡くなったので、ジミの曲にアレンジをした『プレイズ・ジミ・ヘンドリックス』を1974年に発表します。1987年には、スティングの『ナッシング・ライク・ザ・サン』をアレンジし、ジミの「リトル・ウィング」も同アルバムでアレンジしています。Nothing Like the Sunはシェークスピアソネットの1節で、Fragileなどの佳曲ぞろいですが、やはりギル・エヴァンスのアレンジの力が大きい。父が亡くなった年のアルバムでよく聞きました。スティングも前年亡くした母の事がこのアルバムに影響しているようで、生・愛・死を意識したアルバムともいえます。
ギル・エヴァンスは1974年 にPlays the Music of Jimi Hendrix、そして1975年に There Comes a Time、さらに1978年 のLittle Wingと続くので、本当にジミ・ヘンドリックスの音楽に興味を持ち続けたのだと思います。
 特に1975年のThere Comes a Time(『時の歩廊』)は、広いスタジオでシンセサイザーをはじめとする複数の同一楽器を使用しての音の魔術に、音の洪水に身を任せる事ができる。ビッグバンド・ジャズは複数の金管楽器の音の厚みと音圧が聞き手を圧倒するのですが、ギル・エヴァンスの音楽は前面からだけではなく、四方から音が押し寄せて来るような、音の洪水に浸るような快感があります。