ノワールとやぶれさる探偵たち

 学会の時に書評新聞に頼まれて書いたのですが、どうもあまり宣伝をしないで新聞を置くだけおいて帰ってしまったようで。実はこのエッセイは9年前に書いたポランスキーの『チャイナタウン』をLAノワール論として書いたの一部をエッセイ用に直したものです。諏訪部さんの『ノワール文学講義』について書いた書評と自分的にはつなげたものなので、ここに再録してしまいます。
 
 1940年代から50年代にかけて多くの傑作を輩出したフィルム・ノワールは、60年代のカウンター・カルチャー後のアメリカ文化全体における見直しの中で、ノワールという新しいジャンルを生み出す。70年代にはニューシネマの出現と終焉、ニュー・ハリウッド(大学の映画学科を出た監督世代)の登場、そして映画文化へのアカデミックな考察がされ、その中にフィルム・ノワール再評価も含まれていた。このジャンル再評価が行われた70年代に新たなフィルム・ノワールの古典と言える作品が発表された。ロバート・アルトマン監督の『ロング・グッドバイ』(1973)においては、マーローは飼い猫のために情けなくもキャット・フードを探してロサンゼルスをうろつく。また同年の『ナイト・ムーブズ』(アーサー・ペン監督)では、妻に裏切られながらも別れる事のできない優柔不断な元フットボール選手の探偵がフィルム・ノワール以後の、ポストモダンノワールとも呼ぶべき混沌とした世界を彷徨う。この様な「ダウンビート・ノワール」はヴェトナム戦争後のアメリカにおけるペシミズムの表象であるとも考えられる。
その後80年代にジャーナリズムとアカデミズムの両方において「フィルム・ノワール」の形容詞部分を名詞化し、映画と文学を横断する「ノワール」へと変貌していき、90年代には「ノワール」が映画から他のポピュラー文化に広がっていく。例えばマイク・デーヴィスは『要塞都市LA』(1990)においてジェームズ・エルロイの小説を「LAノワール」と名付けた。そしてポストモダン都市としてのLAを表象するノワールは、『チャイナタウン』(ロマン・ポランスキー監督、1974)、『ブレード・ランナー』(リドリー・スコット監督、1982)などのジャンルの定義前の諸作品も含まれる。
主題としてのLAは、周知のように1930年代不況下のハリウッドに始まった。チャンドラーのようなハードボイルド作家だけでなく、フォークナー、フィッツジェラルドのようないわゆる純文学の作家たちも脚本家としてハリウッドに集まってきた。そしてナチスから逃れてきたヨーロッパの知識人たち(ブレヒトアドルノシェーンベルク)を受け入れ、ハリウッド(=ロサンゼルス)はハードボイルド小説以外のフィクションの舞台ともなっていく。このようなハリウッド小説を含むロサンゼルス小説を受け、ノワールのサブ・ジャンルであるLAノワールで描かれたのは、中心を持たずに野放図に発展していく究極の資本主義都市ロサンゼルスだった。70年代のLAノワールは、ロサンゼルスに水道を引いたマルホランドをモデルとした人物が殺害される『チャイナタウン』、80年代には酸性雨の降る未来都市ロサンゼルスで元警官の賞金稼ぎがアンドロイド狩りを行う『ブレード・ランナー』において悪夢の人工都市としてよみがえり、90年代エルロイの『LA四部作』では、ネオ・ノワール、ポスト・ノワール、もしくはポストモダンノワールとして発展していく。『LA四部作』において、ノワールの主人公は私立探偵から警察官に代わっていった。そしてLAを舞台とするノワールは、さらにマイケル・コナリーのハリー・ボッシュ・シリーズ(1992-2014)として敗れ去る刑事/探偵の物語へと引き継がれていく。現代のLAノワールとしてのハリー・ボッシュについては、稿を改めて論じてみたい。