マッカーシーとアーレント

『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』(1956年)の主人公を演じるケヴィン・マッカーシーはその後主演はないのですが、その少々癖のある風貌を憶えている映画ファンは多いでしょう。ヘンリー・フォンダ主演の『テキサスの五人の仲間』(1965)というポーカーでの詐欺をストーリーとした西部劇で、ジェイソン・ロバーズ、チャールス・ビックフォード、バージェス・メレディスと共演した作品で記憶しているかもしれない。彼の姉は作家のメアリー・マッカーシーで、映画がらみでは女子大のクラスメートの友情とその後の人生を描いたベストセラー『グループ』(1962年)が有名です。シドニー・ルメットが監督した『グループ』(1966年)はキャンディス・バーゲン、エリザベス・ハートマン、シャーリー・ナイトなど8名の女優が出ていました。特にシドニー・ルメットに見出され、デビューしたばかりのキャンディス・バーゲンの毅然とした美しさが際立っていたような。
さてメアリー・マッカーシーは二度目の夫である批評家エドマンド・ウィルソンの影響で小説を書き出したようですが、英文学ではエドマンド・ウィルソンは20世紀を代表する批評家として重要です。僕も学部か大学院で象徴主義文学を概説した『アクセルの城』(1931年)を買って読みました。ランボー、イエーツ、ヴァレリー、エリオット、プルーストジョイスといった作家を取り上げられていました。『フィンランド駅へ』(1940年)は1999年にみすず書房で翻訳が出ましたが、1917年のレーニンフィンランド駅到着にいたる、革命思想の展開が描かれています。
メアリー・マッカーシーに話を戻すと、ハンナ・アーレントとの友情はよく知られており、往復書簡集は法政大学出版局から1999年に翻訳が出されています。
 このドイツ系ユダヤ人の哲学者ハンナ・アーレントについては、2012年に製作されたマルガレーテ・フォン・トロッタ監督による伝記的映画『ハンナ・アーレント』がきっかけで再び注目を浴びているような気がします。アーレントを演じているのはドイツの女優バルバラ・スコヴァ。スコヴァは20年ほど前に、ポーランドの革命家ローザ・ルクセンブルクも演じているのでそういうタイプの女優かも。『ハンナ・アーレント』では、1961年にイスラエルナチス戦犯として裁かれたアドルフ・アイヒマンの法廷の記録フィルムが使われているけれど、このアイヒマンへの「悪の陳腐さ」という評価がハンナ・アーレントへの非難のきっけかけとなる。もちろんアーレントは凡庸な人間でも大きな悪を為しうると意味で発言したはずだけれど、ナチスの犯した悪を過小評価したと誤解される。
アーレント1924年マールブルク大学でハイデッガーに学びますが、一時不倫の関係になります。その後、フライブルク大学でフッサールに、ハイデルベルク大学ヤスパースに師事します。ナチスが政権を獲得しユダヤ人迫害が起こる中、アーレントは一時逮捕されるも、1933年にフランスに亡命します。第二次世界大戦が始まり1940年にフランスがドイツに降伏すると、アメリカに亡命。1951年、市民権取得後、バークレープリンストンコロンビア大学の教授・客員教授などを歴任。1951年に『全体主義の起原』で全体主義について分析し、その後も自ら経験した全体主義およびそれを生み出した西欧の政治思想を考察しました。現在の再評価は、全体主義的な要素がアーレントが生きた1950年代のアメリカのマッカーシズムにもあったし、平和ボケした日本の特別秘密保護法にも存在し、そのようなあり方について、不信と恐怖に発するような気がします。
 映画のアーレントは始終煙草を吸っていますが、本物も煙草を吸っている写真がけっこうあります。