不在の美女

ローラ殺人事件』(Laura、1944年)をスター・チャンネルで再見。同作は光と影のコントラストとファム・ファタールの魅力、そして回想形式を含め、ヒロインの遅れての登場など巧みなシナリオでフィルム・ノワールの古典とされる。
オットー・プレミンジャーの初監督作品。プレミンジャーは現在のウクライナ当時のオーストリア=ハンガリー帝国の生まれ〜ウィーンで学び、ナチスの台頭とともにハリウッドに渡り、俳優・脚本・製作を担当するが、この作品でメガホンをとる事になる。監督作品を振り返ってみると思っていたよりも大監督である事が分かります。『帰らざる河』(River of No Return 、1954)、『黄金の腕』(The Man with the Golden Arm、1955) 、『悲しみよこんにちは』(Bonjour Tristesse , 1957)、『ポギーとベス』(Porgy and Bess、1959)、『栄光への脱出』(Exodus 、1960) 。
物語は、ニューヨークで広告担当重役をしているローラ・ハント(ジーン・ティアニー)が猟銃で顔を射たれて死体となって発見された事から始まる。この顔を撃たれたという点が重要です。マクファースン警部補(ダナ・アンドリュース)が捜査を進める。容疑者はローラの婚約者のシェルビー・カーペンター(ヴィンセント・プライス)、ローラの友人でコラムニストとして有名なウォルドー・ライデッカー(クリフトン・ウェッブ)、ローラの叔母でシェルビーと親しいアン・トレドウェル(ジュディス・アンダーソン)の3人。いずれも怪しい節はあるが、犯人として逮捕するには至らない。
マクファースンはライデッカーと食事を共にしてローラとの出会いとその後の話を聞き出す。ライデッカーが彼女の後援者となり成功させたこと、シェルビーが現われてローラと婚約したこと、しかもシェルビーはアンとも親しく、その上ローラの友人でモデルのダイアンとの仲も続いていて、それをローラが知って嫉妬したことなど。マクファースンはシェルビーを問い詰めて、銃で殺されたのはダイアンであることを白状させた。マクファースンがローラの部屋を調べているうちに眠っていると、雨の中をローラが帰って来る。彼女は田舎に行っていて何も知らないと事態に驚く。その夜ライデッカーは再びローラを殺そうとしたが、マクファースンに撃たれてしまう。
 『ローラ殺人事件』の時にジーン・ティアニーは24歳で、『地獄への逆襲』(The Return of Frank James、1940)
タバコ・ロード』(Tobacco Road 、1941)、『天国は待ってくれる』(Heaven Can Wait、1943)などの出演歴があった。『地獄への逆襲』はフリッツ・ラング監督とヘンリー・フォンダ主演コンビの『暗黒街の弾痕 』(You Only Live Once、1937)に次ぐ2作目で、ジェシー・ジェームズの兄フランク・ジェームズ物です。『タバコ・ロード』はアースキン・コールドウェル原作、ジョン・フォード監督作品。『天国は待ってくれる』はエルンスト・ルビッチ監督のファンタジーです。
ダナ・アンドリュースは35歳。1950年に同じ監督とヒロインで、Where the Sidewalk Endsで撮っています。苦虫を噛み潰したような、端正だけどあまり魅力を感じない俳優です。
クリフトン・ウェッブは55歳。舞台俳優でそれなりのキャリアを持ち、慇懃で傲慢で知的なライデッカーをうまく演じています。つまり地位のある中年男性が若い魅力的な女性を育て上げ、そして去られてしまう役ですね。ウェッブはゲイだったらしく、少しなよなよしています。
ヴィンセント・プライスは、33歳。ピーター・カッシングクリストファー・リーと並ぶクラシックホラー映画の三大スターとして知っていたので、この作品で若い時のプライスを見て、その体格の良さ、そしてプレイ・ボーイの役柄にもかかわらず、本人の人柄が良さそうなのが印象的でした。下の写真では決して小柄ではないジーン・ティアニー(166㎝)が193㎝のプライスを見上げています。クリストファー・リーも196㎝あってといいますから、怪奇映画のスターってでかくないとだめなでしょうかね。
ジュディス・アンダーソンは47歳。年下のシェルビーを愛する中年婦人に見覚えがあると思ったら、最近みたラオール・ウォルシュ監督の『追跡』(Pursued, 1947)に主人公ロバート・ミッチャムの育ての母親役で出ていました。調べて思い出しましたけれど、ヒッチコックの『レベッカ』のダンヴァース夫人を演じていたんですね。
さて最後にこの作品の成功は、ヒロインが途中まで登場せず、他の登場人物の視点から語られる事。不在と遅れての登場が観客の想像力をかきたてるのですね。そして被害者と思っている主人公=刑事が彼女の部屋で、しかも彼女の肖像画の下で転寝をしている時に、死んでいるはずのローラが美しい生身で登場するインパクト。もちろんマクファースンはこの時すでに様々な情報からローラに恋をしています。そしてヒロイン・ローラ、つまりジーン・ティアニーの美貌と魅力で成功したように思えます。