鳥取とフランス映画

 最近「鳥取」という言葉を見るとすぐ反応します。今度は『キネマ旬報』のコラムで、谷口ジロー原作のフランス映画『遥かなる町へ』が紹介されていました。谷口ジローは漫画雑誌でも読んでいましたけれど、一番よかったのは『漫画アクション』に連載された『「坊っちゃん」の時代』。原作がこのブログでも取り上げた事のある関川夏央で。『坊っちゃん』を執筆していた当時の夏目漱石を中心として、借金と浪費の生活を繰り返す石川啄木など明治の文学者たちや、大逆事件幸徳秋水と管野須賀子の逮捕を含め、漱石の「修善寺の大患」を中心に明治の終わりを描いていた。
 でこの谷口ジロー鳥取出身。そして10年くらい前からヨーロッパで評価が高まり、フランス語圏を中心に数々の芸術関係の賞を受賞。2010年には『遙かな町へ』を原作に、舞台をリヨンとしたフランス映画が作られ、日本ではDVDソフトが発売された。これとは別に原作の舞台となった鳥取県倉吉市をロケ地とする邦画オリジナル版の制作も計画されていたが、資金不足を理由に断念したらしい。
 さて『遙かな町へ』のストーリーだが、48歳になる男がひょんなことから、生まれ故郷である倉吉の町を訪ねる。男は、東京でデザイン事務所を経営しており、毎日多忙な日々の中で妻や娘とほとんど交渉がない。男は、間違って倉吉行きの急行に乗ってしまいそのまま故郷に向かう。倉吉に着いた男が母親の墓参を終えて町にもどってみると、昭和30年代の町並みに一変している。いわゆる「タイム・スリップ」なのだが、男自身も14歳の少年に変わっていた。ま、そんな話なのだが、谷口ジローの真骨頂はその精緻で穏やかで、ゆったりとした作画にあると思います。そんな絵の特徴がやはり時間の流れが緩やかな物語と相まって、何故か懐かしい空間や時間をたどるような読後感というか。かなり曖昧な記憶で書いていますが。いま原作の漫画の表紙をみて、中年の主人公の戸惑ったような表情が谷口ジロー漫画の特徴の一つかなと思い当りました。過去や故郷に何か忘れてきたような気がするけれど、それが何であるかは明確には分からない。
 実は鳥取に一度行きたいと思っていたのですが、さらにまたその気持ちが強くなっています。自分もまた何かをどこかに忘れてきたのだろうか。