日本のジャニス

 3連休の真ん中は大学に行く事が多い。仕事が好きとかではなく、テニスを3日間も連続していやると肘が痛くなるので、間を1日置くために研究室で少しだけ仕事をします。でも大学に行かなくてもと思われるかも知れませんが、家の横にテニス仲間の車が駐車されるような場所に住んでいるので・・・
 でも2日目は雨で心おきなく在宅しました。で、読書とお酒。お酒と音楽の1日でした。久しぶりに聞いたCDについて少し。カルメン・マキの「私は風」を大音量で聞く。カルメン・マキは寺山修司天井桟敷に入団し、『書を捨てて町に出よう』で初舞台を踏み、1969年「時に母のない子のように」(歌詞は寺山修司)でデビューする。しかしフォーク的な歌に飽き足らずジャニス・ジョプリンを聞いてロックに転向する。近田春夫(この人の音楽評論は最高です。後でもふれますが)とバンドを組んだり、ブルース・クリエーションと活動したりした後、カルメン・マキとOZを結成し、1975年ファースト・アルバムを発表する。この中の「私は風」の演奏と歌唱と歌詞とが当時の日本のロック・シーンにおける一つの到達点であったような気がする。
 当時札幌のライブあの後に、エルフィンランドという音楽と酒の店に立ち寄った時に、僕は着ていたシャツにサインをしてもらった。このエルフィンランドという伝説の店が、僕の修士課程4年在籍?の理由だった。