母の日

 「母の日」についてテレビ局からその起源についてアメリカ文化研究者としてコメントしてほしいという依頼があった。どういう経緯で僕の名前が出たかは定かではないが、仮にOKして調べてみました。
 母の日を祝う行事の始まりについてはさまざまな説があり、ギリシャ時代にはレア=「神々の母」を讃えるお祝いまたは祭りがあったと言われる。
 17世紀のイギリスでは、復活祭(イースター)40日前の日曜日を「Mothering Sunday」と決め、奉公人が里帰りをして母親と過ごすことが許されていた。
 19世紀のアメリカでは、アン・ジャービス南北戦争中にウェストバージニア州で、「母の仕事の日」(Mother's Work Days)と称して、負傷兵を助ける活動をしていたらしい。また彼女は20年勤めた日曜学校で「モーゼの10戒」の中の「汝の父母を敬え」を、特に母親の恩の深い事を教える事に関心を持っていたらしい。
 フィラデルフィアに住むジャービスの娘のアンナは、1907年5月12日に教会で亡母をしのぶ会を開き、白いカーネーションを贈った。アンナ・ジャービスの母を慕う気持ちに感動した人々は、1908年5月10日に同教会に470人の生徒と母親達が集まり最初の「母の日」を祝った。
 アンナは参加者全員に、母親が好きであった白いカーネーションを手渡した。このことから、白いカーネーションが母の日のシンボルとなった。
 このフィラデルフィアのワナメーカーの経営するデパートの店頭で母の日の記念会を開催し好評を博し、この風習がアメリカのほとんどの州に広まり、1914年大統領だったウィルソンが5月の第2日曜日を母の日と制定した。
 こうして、「母の日」は世界中へと広がっていった。日本に母の日が伝わったのは、大正時代に青山学院の教授だったアレクサンダー女史が紹介され、キリスト教関係の団体が中心になってこれを広めた。
 こうやって調べてみるとキリスト教の教えが中心となっている事が分かる。そしてこのような行事の普及にはデパートなどの商業主義が一役買っているのも聖ヴァレンタインと同じ構図ですね。初めてのテレビ・インタビューの話は僕よりも適任のI先生の方に行ってしまいまいしたが、せっかく調べたのでブログに載せてみました。