『プロット・アゲンスト・アメリカ』と歴史改変物語
2004年に出版され、2014年に翻訳されたフィリップ・ロスの『プロット・アゲンスト・アメリカ』を2016年に読んでいます。2年前に書店で見てから気になっていました。1933年にロスが生まれた頃、ローズベルトとの大統領選に勝ったチャールズ・リンドバーグの時代の物語です。
このユダヤ系作家の作品は、全米図書賞を受賞した短編集『さよならコロンバス』のタイトル作「さよならコロンバス」の映画化(1969年)で先に見る事になります。後に大学で教えるようになってテキストに使った事も。短編「さよならコロンバス」の方は、ユダヤ系の若者の恋愛と階級の問題が描かれていました。
さてアメリカの作家ってものすごく筆力があって、このロスも『プロット・アゲンスト・アメリカ』のようにロスが主人公の5作、『ヒューマン・ステイン』(映画化名『白いカラス』)のようにもう一人の分身とも言えるネーサン・ザッカ―マンが主人公の9作。映画化は進行中の『アメリカン・パストラル』を含む8作。
さて大西洋単独飛行横断の英雄リンドバーグは親ナチで有名でした。自分の新聞で反ユダヤを進めたヘンリー・フォード程ではありませんが。体の弱かったローズベルトに対して、若く健康なヒーローは選挙活動中は穏やかな論調でナチス・ドイツとの関わりを隠します。そしてリンドバーグ大統領になった後に、アウシュビッツのような惨劇が出現するのかとドキドキしながら読み進めました。でもそこまでは行かない。カナダから参戦したロスの従弟が戦闘で片足を失って戻ってきます。この片足がないという事がもたらす、日常の悲惨さが詳細に描かれていて、それもまた戦争の悲劇の象徴だと思います。
でもそれは戦争の普遍的な悲劇であって、アメリカの大統領がナチスと点を組んで、アメリカ国内においてどのような反ユダヤ的な運動や言説や行動を引き起こすかについての物語ではない。その点を物足りないと思わなければ、これは辣腕の書き手の優れた物語だと言えるし、そもそも9.11以後のきな臭いアメリカの状況を1930年代になぞらえているともいえる。しかも世界の警察を任じていたアメリカがそのプレゼンスを縮小しないで、じょじょに手を引いていきたい現在とも重なる。そんな風に読んでいいのか少し疑問に思いつつ、読了しました。