不肖の息子

 「不肖の息子」が主題の映画を2本見かけたので、例によって語源や用法が気になり調べてみました。「肖」は似るという意味で、「不肖」は天子や賢人、または父や師に「似ていない」という意味から、その名を汚すような愚かで未熟な子や弟子の意にも用いられる。でも「ひとかどの人物である父には似ても似つかない愚かな子である私」という謙遜の言葉なので、父が息子を「不肖の息子」と呼ぶのはおかしいらしい。
 さて昨日スター・チャンネルで見たのは『グラディエーター』と『ロード・トゥ・パーティション』の2本でした。2000年にリドリー・スコット監督が発表した『グラディエーター』は紀元180年頃第16代ローマ皇帝マルクス・アウレリウスリチャード・ハリス)が信頼する将軍マキシマス(ラッセル・クロウ)に帝位を譲ろうとして、息子のコモドウス(ホアキン・フェニックス)に暗殺される。マキシマスはコモドウスに妻子を惨殺され、辛うじて逃れた後、奴隷に身を落とす。その後剣闘士(グラディエーター)として頭角を現し、コモドウスを倒すと言う物語です。
 コモドウスが父アウレリウスを暗殺するのはフィクションで、マキシマスの英雄性を際立たせるためのものだと思います。さてこの物語では「不肖の息子」がローマ皇帝ですから帝国の現状や未来に大いに影響をもたらし、その悪政を絶つためにマキシマスが立ち上がる訳ですが、不甲斐無い息子でなく身近の正義感にあふれ勇敢な存在が疑似的な息子として立ち現れると本当の息子は父の愛の不在も含めて、父とその疑似的息子の両方を排除する訳ですね。
 このマルクス・アウレリウスストア派の学者としても知られ、『自省録』はかのフーコーも愛読したとか。アウレリウスを演じたリチャード・ハリスはこの2年後に亡くなりますが、奴隷商人を演じたオリバー・リードは撮影中に亡くなり、この映画は彼に捧げられています。この二人のイギリス人俳優は、前にマイケル・ケインの自伝の紹介の時に触れたように、本物の酒好きで尊敬?しています。
 さてもう1本、ほとんど同じ時間に放映していたのが、『ロード・トゥ・パーティション』。2002年にサム・メンデスが監督しました。かれはイギリス人で、『アメリカン・ビューティ』でアカデミー作品賞と監督賞を受賞しています。この作品は大恐慌時代のシカゴを舞台としたアイルランド系マフィアの物語で、ボスのジョン・ルーニーポール・ニューマン)に愛される部下の殺し屋マイケル・サリバン(トム・ハンクス)と、愛されない?息子のコナリー・ルーニーダニエル・クレイグ)。スタイリッシュな映像が印象的ですが映画としてはどうも。でもこれも「不肖の息子」というテーマで、『グラディエーター』と異なるのは最後は父が息子を守るために、愛する部下(ここでも疑似的息子ですが)の暗殺を命じると言う点です。ここでは「不肖の息子」を演じたダニエル・クレイグジェームズ・ボンドよりも似合っているような気がしました。情けない息子を憎々しげに演じていたのでその演技力が評価できました。
 「不肖の息子」というテーマは、父の地位が高い時にそれを継承する者の正当性と能力・資質が問われるからでしょう。地位を継承する者の資質が支配する社会に大きく影響するから。世襲の問題もあります。そのような世襲の問題が出て来ない「不肖の息子」たちの物語として思い出すのは『その土曜日、7時58分』でこれは前に紹介しました。このタイトルとなった"Before the Devil Knows You're Dead"というフレーズは、『ロード・トゥ・パーティション』の葬式の場面で使われていました。