トラベル・ライティング

 久しぶりの出張で少し緊張しました。会場の専修大学は新宿から小田急に乗って「向ヶ丘遊園」という駅で降りてバスで15分くらいの場所でした。予想したほどは遠くない。
 2日目のシンポジウムは12部門あるうち「旅と移動のアメリカ文学」を聞く。発表はそれぞれ資料的に精緻だったり、旅が植民地主義の先鋒であり、でも同時に博物学的な調査や原住民との交流もあったりした事が指摘されて有益だった。また黒人/黒人奴隷の抑圧/禁じられていた移動がどのように描かれているか、という3番目の報告。
 そして最後が翻訳家・詩人の菅啓次郎さんで、チカーノ詩人の紹介が「自伝と詩」だった。何故「自伝」と「旅と移動」が関連するのかと不思議に思ったが、過去の自分という他者、過去と言う別な時間への移動して記述するので自伝もまた一種のトラベル・ライティングだという、これもまた詩人(講師)のある種のレトリックですが、面白かった。
 旅行して体験する自分の身体と意識のずれ、時間的に遅れて記述する時のズレの増幅と変化。そのような不確かなフィクション化をまぬがれえない旅行記も書く人/読む人によって意味があり、要請があるという事。
 今回は日本橋高島屋のそばの「やぶ久」と三越向かいの「吉田」でそばとお酒を。カレー南蛮で有名らしい「やぶ久」の鳥わさには器の底にそばがあってその上にトリわさがのっているというスタイルでした。小さいお店ですが2・3階に宴会用のスペースもあるらしいです。この辺は書いた後にネットで調べたのですが、「やぶ久のとりわさ」について検索するとこのブログが出てきたりして。
 「吉田」の鴨せいろは鴨の抱き身の他につくねが一つ入っていると言う東京の鴨せいろの定番でした。でも札幌でも西野の「たぐと」では鴨せいろにつくねも一つ入っていましたね。ここも後で調べると大衆的な佇まいながら老舗の様です。日曜日の午後ですのでビールを飲んでいる客も多い。でも+お酒というのは僕だけでした。これが神田や浅草なら仲間も多く、肩身が狭くないのでしょうが。
 こんな学会報告もトラベル・ライティングの一種でしょうか。移動〜経験〜観察〜分析という事になるのでしょう。しかも記述する時にはすでに時間差があって、リアルタイムでの経験に後からの知見が加わり、無意識の時には意識的な虚構化の操作も加わるので、そのあたりも了解した上でのトラベル・ライティング、旅行記、見聞録となるのでしょうね。
 最後に千歳に着いたらJRが人身事故で運休。疲れていたので、初めて千歳〜大谷地までタクシー。高速も入れて9千円強。タクシー代で5千円を超えたのは2回目。この件を家人に言えるかどうか。