トライアングル

 3年生は4年の卒業研究の仮テーマについて相談する時間をとったつもりだったけれどひとりを除いて携帯のメールで報告してきた。来室した一人は僕と研究についてや、ゼミの事、授業の事を話しながら、研究室の本を眺めたりしていました。僕としては教室でのゼミの時間の他に、ゼミ生と雑談も含めて、そんなゆったりとした交流の時間がほしかったので、研究室での相談の時間を設定したのでした。
 別の日、ある4年生が一人で来て、卒研の話をして20分ほどで帰り、その後2名のゼミ生が一緒に来て1時間半ほど話していきました。その時、3人での会話と言うのは、2名の会話よりも続くと言う、至極もっともな原理?を再確認しました。 僕が2名に向けて話す。Aが僕に答える。僕がBに聞く。BがAに向けて意見を聞く。そんな1対2、1対1、1対2、のいろんなバリエーションが3名の間で繰り広げられるので、会話が弾む。
 学生と教師の理想的な関係は1対1という考えもあるが、僕は前から教師1と学生2がいいのではと考えていた。僕が一人の学生と話す時、もう一人の学生はその対話を自分と教師との会話を外から眺めるような視点を自然と取り得るというのが一つの理由。もう一つの理由は、学生同士に対話をさせて、それを教師が弁証法的に止揚するという事もできるから。
 しかし昔、友人と3人で旅行した時、喧嘩や対話ではなく、歩く時に何故か2対1(1が僕ですが)になって寂しい?思いをした記憶も一方ではありますが。