母の友人

 兄から母の友人が亡くなったとの連絡が入った。94歳だった。1902年(明治35年)に開設された北海道庁立札幌高等女学校の同級生だった。
 稚内の高等小学校を卒業した母は勇躍、北海道で初めての女子のための師範学校である北海道庁立札幌高等女学校に入学した。一人っ子で兄妹のいない母はとても友人を大事にした人だった。
 その時の友人の一人であるYさんは生涯独身を通した人で自分の母親を看取った。Yさんは僕たち兄弟が子供の時にクリスマスにケーキを届けてくれるおばさんだった。とても毅然とした人でうっかりした事はいえない雰囲気だった。
 それでも母が亡くなった後の喪中欠礼への返事に、N子さん(母の事)がいなくてとても寂しい、と書いてきてくれた。その後何回お会いしただろうか。母の法事や、僕が在外研修に行く時。
 実は母は生前から自分が先に亡くなったらYさんの事を宜しくねと言っていた。でも自分の事ばかり優先してお会いする機会を持てなかった。ずっと今日のような連絡をもらったら後悔するだろうなと思いつつ、そのままだった。
 懐かしい母の友達も少しづついなくなってしまう。