自分を追い詰める

また研究費で買ったフィルム・ノワール・コレクション2ボックス(16作品)の中から、気に入った作品を順次紹介します。まず『大時計』(The Big Clock、1948)は、『夜は千の目を持つ』(1947)『流刑の大陸』のジョン・ファロウ監督の作品。ファロウ監督はこの映画の主人公の妻を演じているモーリン・オサリヴァンの夫で、二人の間の娘はミア・ファロウ。
ジョナス出版社のいくつもある部門の一つ犯罪誌の編集長ジョージ・ストロード(レイ・ミランド)は、ジョナス社長(チャールズ・ロートン)と喧嘩をして首を言い渡され、社長の愛人である女性と方々飲みまわった末、彼女のアパートまで送る。その後彼女が何者かに殺害され、ストロードはジョナス社長から犯人捜査を命じられる。しかし部下からの報告は、容疑者が自分であり、社長が彼女の男性関係を嫉妬し殺し、自分に罪を着せようとしているのを見抜く。
冒頭、追い詰められた主人公が警備員の目を潜り抜け、あるビルの大時計の中に潜り込み、この数日で自分の人生が変わってしまったというモノローグがボイス・オーバーで語られ、これもまたフィルム・ノワールである事を観客に伝える。大出版社のジョナス社長は、社内のすべての時計のビルの中心にあるその大時計に合わせている。この大時計が社長の支配と意識を象徴している。最終的には主人公は犯人(社長)の大事にしている大時計の時間を狂わせる事で、支配関係が逆転する。
命じられた捜査を進めて行くと、容疑者は自分であると気付き、また自分は犯人でない事を知っている主人公は真犯人を究明して行く。有能な主人公が指揮する捜査が進む中で次々に現れる証拠が自分を指している、それをかわしつつ、真相に迫るサスペンスが面白い。
これがリメークの『追い詰められて』(No Way Out, 1987)では、上司(ジーン・ハックマン演ずる国防長官)の愛人(ショーン・ヤング)殺しの捜査をするのが、海軍少佐ファレル(ケヴィン。コスナー)。このコスナーはまだ30代前半で海軍将校の制服姿が凛々しい。そしてお騒がせ女優のショーン・ヤングも28歳で美しい。このリメークでは犯人の補佐官が殺人の濡れ衣を着せられて1件落着となります。実はオリジナルでも犯人の同性愛的な部下が登場して不気味な雰囲気を醸し出してる。ここからリメークのネタバレになります。また実はリメーク版では、主人公のまったく無実ではなく、ソ連のスパイだったと言うあまりすっきりしない落ちがあります。製作された時期は冷戦の最終段階ですが、そのような時代や政治とはあまり関係のない娯楽作品の観客を驚かせるためのエンディングだと思います。原題のNo Way Out(出口なし、行き止まり)は、捜査中においても追い詰められていたファレルが、殺人事件の捜査が終わっても、行き先のない状態になって終わる状態を指してもいるような。